今月の推薦図書

ホタル帰る

1945年6月、“生き残り”と呼ばれ、“はぐれ狼”のように扱われて、この地に転任してきていた特攻隊員の宮川軍曹は「小母ちゃん、(僕が)死んだらまた小母ちゃんのところへ、ホタルになって帰ってくる」と言い残し、知覧基地(鹿児島県知覧町)から出撃していった。ところが…その夜、トメ(小母ちゃん)の家の中に、本当に一匹のホタルが入ってきたのだった。赤羽礼子・石井宏著『ホタル帰る』のタイトルは、その話から付けられたものである。この時代は誰もが自分一人が生きることに精一杯で、息苦しい世の中だった。それでも、自分が生まれた国と、自分にとって大事な人達の為に生きて、そして、死んでいった多勢の若者達がいた…そんな時代だった。これは、もう一つの“永遠のゼロ”の物語なのではないだろうか。宮川は工業高校卒業後、立川飛行機製作所に入社したが、航空工学の技術者になろうと早稲田の理工学部、慶応の工学部、そして、官立の航空機乗員(パイロット)養成所を受験、3校全てに合格した。官立(逓信省)の養成所は授業料が免除であり、毎月の小遣いまで支給されていた。前の2つの大学に行けば月謝が高く、故郷の両親や兄に多大の負担をかける。宮川はパイロットの道を選んだ。その後、知覧基地で小学校時代の良きライバルだった同級生の松崎と奇跡的ともいえる再会をする。しかし、その再会の喜びの時間も長くないことを二人は知っていた。そして、一か月前に松崎は還らぬ人となっていた。そして間もなく宮川は、妹の様に可愛がっていたトメの二女、礼子から贈られた「血染めの鉢巻」をして飛び立ったのだった。そして、その夜、約束通り、ホタルになって帰って来た。

出版社草思社