今月の推薦図書

高丘親王航海記

『高丘親王航海記』(文芸春秋)は日本幻想文学の巨星澁澤龍彦の遺作です。外国文学の翻訳や批評を長らく続けてきた澁澤が生涯の最晩年期に小説の創作に取り組んだことは、日本の幻想文学にとって大きな幸運であったと言えます。作者の博覧強記からくる美意識が、実在した高丘親王の伝記に得も言われぬ幻想世界を付加し、類まれな奇譚として時がたっても色褪せない輝きを発しています。

時は平安時代。幼い頃から、父平城天皇の寵姫である藤原薬子から天竺(てんじく)の話を聞かされて高丘親王は育った。そしてまだ見ぬ天竺への憧憬は親王の心を生涯支配した。藤原薬子の乱で嫌疑が及び皇太子の座を追われた親王は、空海の弟子となり仏法を修めた後に、遣唐使船で唐土(もろこし)に向かう。そして貞観7(865)年正月、高丘親王は供の者と唐の広州から天竺に向かう船の旅に出た。途中、女面鳥獣や夢を喰う獏などに出会いながら現実と夢が交差する世界を漂っていたが、数カ月後、旅に病んだ親王は時間と空間を飛び越えて天竺に行くためにある決意をする。

澁澤龍彦の集大成で最高傑作であるこの小説は、作者の死後に読売文学賞を受賞しています。

 

推薦者 図書部 野原 正章先生

出版社文芸春秋