今月の推薦図書

野火

今年は戦後70年の節目の年です。これまで日本文学は多くの戦争文学を生み出してきました。自らの兵役体験から生まれた野間宏の『真空地帯』、梅崎春生の『桜島』、安岡章太郎の『遁走』。原爆の悲劇を記した原民喜の『夏の花』、井伏鱒二の『黒い雨』、林京子の『空缶』、峠三吉の『原爆詩集』。子どもの時の空襲体験を綴った野坂昭如の『火垂るの墓』など、日本には戦争を題材にしたすぐれた作品が幾つもあります。そんな中にあって、大岡昇平『野火』(新潮社)は戦後文学の白眉と評されている作品です。

太平洋戦争末期、主人公の一等兵「私」はフィリピンのレイテ島で、肺結核のため自軍からも野戦病院からも見放され、むせ返るような亜熱帯のジャングルや原野をひとり彷徨し始めます。そして生と死の極限状態の中にあって、究極の選択に幾度も迫られます。人間の狂気とはなにか、倫理や孤独とはなにか、そして神とはなにか。文体からは、作者が学生時代にスタンダールに傾倒していたことを伺わせる西欧文学的な高貴さや的確な心理描写の妙を感じとることができます。                             読書の秋にぜひ手にとって欲しい一冊です。

 

                                         推薦者 図書部 野原 正章先生